便所からの景色
まよなかに、
便所に腰かけ、じっと前を向いていると、
ドアの隙間から、嫁のふざけたクツが、玄関の暗がりに転がっているのが見えた。
そのクツは、丁度この角度から見ると、象に見えるようになっている。
ふだん、そのクツのバカバカしい意匠は、真昼の躍動する光にまぎれこみ、
それほど気にならないし、
その気になれば、かわいらしくさえ見えるのだが、
便所のドアからもれる光に照らし出された、まよなかの二匹の象は、
とてもふざけていて、どこか、挑発的な感じがする。
・・・
こんなにも、バカバカしいクツだったのかと、
中年は、妙に感心しつつ、
あの、排便時の特殊な集中力の下、
緊張と、弛緩がないまぜの、研ぎ澄まされた感覚で
まよなかの、静まり返った玄関の
二匹の象を見つめている。
そして、
二匹の象も、じっと、便所の私の方を見つめている。
便所からクツを眺める、日記を書いたからって、
なにも、どうにもならない。この、結晶のような、高純度の自己満足。
なにしろ今は、どうにもしない気、まんまんなのだから。
弾丸や爆風吹き荒れる戦場を、
次の塹壕まで、走って、もうあと一日のところに居る。